世界(対話篇)


青年: 珍しいですね。こんな夜中に呼び出すなんて。

 


老人:おや、そうだったかな。まあ、たまにはええじゃろう。こうして夜の道を歩くのも。

 


青年:なにかあったんですか。

 


老人:なに。これといった用はない。

 


青年:相変わらず勝手な人ですね。

 


やがて街灯の光が見えなくなった

小さな丘の上で2人は腰を下ろすと、

老人は何も語ろうとせず

ただ辺りの静けさと自分の身体を溶け込ませるように目を閉じるだけだった。

 


今夜は星がよく見える。

 


老人:ワシも年を取った…。

(その声は暗闇に消え入るようだった。) 

 

 

青年:まだまだですよ。今だってこんなに元気じゃないですか。ウチの爺さんなんか…

 

 

老人:いやそうじゃない。ワシの心のことだ。

 


青年:心には…。何があるんですか。

 

 

不意に冷たい風が木々を揺らした。

 

 

老人:ああ…。ワシの心には素晴らしい世界が…。素晴らしい世界が眠っとる。

 


青年:それはさぞかし美しい世界でしょうね。

 

 

老人:そうも言えるな。

 


青年:眠ってるっていうのは一体どういうことなんですか。

 


老人:幼き心には到底叶わぬような景色を夢見ることじゃよ…。波に揺れる船の上では、酔いに任せてもがき苦しむことはできても、空を見上げることはできない。

 


青年:今も揺れているんですか。その船は。

 

 

老人:いや。その船は…。

やっとたどり着いたんだ。

 

 

青年:一体どこに。

 

 

老人:素晴らしい世界に。

 


辺りは真っ暗で微かに波の音が響いていた。

 


私も眠るように目を閉じた。